しほ みつぎのプロフィール(詳細)

はじめまして!しほみつぎこと三次志帆です。

うまれは広島….

1975年5月8日 母の実家である広島産 東京育ち。

共働きの両親の元に生まれたために保育園に入るも…

兎に角 いじわるで図々しくておませ女子。

ようするに相当に嫌な女。

当時の私を知る保育園友達の親御さん及び担任の先生にはできればお会いしたくないと思っております。

やり直したい。

女子力ゼロ???の小学生

 

何故かヨット(クルーザーじゃないからね)を所有していた父が夏休み前に旅行宣言

「八丈島までヨットで行くぞ!」

「髪の毛が長いとヨットのココ(↓)に引っかかって危ないからしほの髪の毛は切る」

こうして意味不明な理由により坊主ギリギリの超ショートに切られたわたし。

ただ本人は何とも思っておらず、
ショックを受けていたのは当時の担任の先生というオチを考えると
残念ではありますが、相当女子力が低い小学生だったようです。

勉強を放棄して遊びまくった中学高校

小学校6年の時に突如
「地元の中学は嫌!受験します」
と私立女子中学校を受験。

1次試験に落ちるも2次試験で奇跡の合格。

これが私の「興味がない勉強は一切しませんが、何か?」な人生の始まり。

ただあまりにも成績が酷く、ある日呼び出されて
「このままの成績だと高校にはあがれませんよ」と言われて猛烈に焦った事は未だに忘れられません。

ファッション専門学校から化粧品会社へ就職

なんとか高校にもあがり高校を卒業し「文化服装学院/服装科」へ入学。

超厳しくて有名な学校を何故か無遅刻無欠席で卒業した先は(株)KOSEの子会社。

伊勢丹新宿店勤務で「化粧品業界(女の城)」の恐ろしさを知ったある日のこと。

ふと本屋で手に取った「海外に住もう系の本」で「そうだ海外だ!」と
有給をきっちり消化してあっさり退職。

これが人生で最初で最後の「会社組織務め」となったのでした。

会社を辞めて(プチ)バックパッカーをした後に

アジアを4ヶ月程放浪して帰国。
その後は水商売2年でお金を貯めて…..

26歳で起業

当時はまだ寂れまくっていた新宿ゴールデン街に壁が真っ赤な素敵な物件を見つけて飲食素人2人でラウンジバー「クリシュナ」をオープン。

ママになる。

37歳 妊娠を機にバンコクへ移住

ママをやりながら現在の私の本職ベリーダンスのショップFigを立ち上げたり、
雑貨屋を立ち上げたり、
クリシュナ2号店、3号店作ってみたり、
結婚して離婚してみたり、、、、
といろいろありましが、妊娠を機に全てを手放して出産子育の為にバンコクへ移住。

バンコクでの出産はHotelのような病院でスピード出産。
その後、掃除、洗濯、育児が出来る住み込みのお手伝いさんを雇って 超絶快適な子育ライフを送るが….

(写真:ミャンマー人のお手伝いさんミキと4歳息子 ねいまーる)

海外在住あるある?日本語教育への不安

日本に帰る気がなかった私、息子が2歳くらいの時から「小学校どうしよう?」
と悩み始めました。

というのも、
日本人学校に入れる気が全くなかったにも関わらず、
日本語の読み書き、日本人らしい礼儀や作法は身につけていて欲しいという超勝手な願いあったからなのです。

そんなモヤモヤしていたある日、FBの投稿で面白そうな記事に出会ったのです。

親勉と小室尚子先生との出会い

FBで流れてきて、なんとなく面白そうだからと思い登録したのが
当時「母勉」いまは「親勉」の小室尚子先生のメルマガでした。
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子育てが楽しくなる
15000人のお母さんが読んでいるお役立ちメルマガ
https://www.agentmail.jp/form/pg/983/1/?shiho.mitsugi.c
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そのメルマガがね
ばっさばっさとダメ育児を切るんですよ。

それこそメッタ切り。

これにより多数の死者が出たと思われます。

私の場合はわりと小室先生の考えと同じような子育てをしていたので一言一言に
「ビクッ!」というよりも「そうそうそう!」と頷く事が多く、週に何通か届くメルマガが面白くて面白くて。

特に傑作だったメルマガが
「ディズニーランド10分(だっけ?)滞在事件」
「旦那は仏壇だと思え」
「大仏の母」
かなあ…..

私 親勉のインストラクターになる!

いつものように目覚めたバンコク某日。
その日に配信された一通のメルマガが私の人生を変えることとなったのです。

そのメルマガにはこう書いてありました。
「小室先生のランチ会」

ぶっちゃけ親勉にはそこまで興味もなく、ただただ面白い子育論の
小室先生に一目会ってみたい一心で開催日程をチェックすると偶然にも私が東京に一時帰国している日と重なっているではありませんか。

これは奇跡!とばかりに早速申し込みを入れて生 小室を体験したのは
忘れもしない 2016年12月24日  そう、クリスマスイブでした。

そして決めたんです「親勉インストラクターになるぞ!」

当初の計画では、
2017年の4月に一旦タイから引き上げて日本へ戻る予定だったのですが、
帰国自体を1ヶ月も早めて3月に帰国し講座を受講。

2017年4月にはれて親勉インストラクターになったのでした。

小室ランチ会から3ヶ月後のことでした。

これからはこの「親勉」を海外の旅先でも広めるべく活動してく予定。(つづく)

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